データ統合の要を担う:元司書がマスターデータ管理(MDM)で活かす分類・標準化スキル
図書館から企業のデータ基盤構築へ
企業活動において、顧客、製品、取引先といった基幹データは、様々なシステムや部門で重複・散在しがちです。これらのデータを正確かつ一元的に管理することは、経営判断の迅速化や業務効率の向上に不可欠であり、その中心を担うのがマスターデータ管理(MDM)です。
今回ご紹介するのは、図書館司書として働いた経験を持ち、現在はある大手企業のMDMプロジェクトチームで活躍されているBさんです。Bさんは、図書館で培った「情報を分類し、整理し、利用者がアクセスしやすいように構造化する」スキルが、複雑な企業データの海を整理・統合するMDMの仕事に大いに活かせると感じ、キャリアチェンジを決意されたと言います。
マスターデータ管理(MDM)の現場で求められるスキル
Bさんが現在所属するMDMチームでは、全社に散らばる顧客データの統合・標準化プロジェクトが進められています。異なるシステムで管理されている顧客データを一つの正確なマスターデータとして定義し、各システムがそのマスターを参照できるようにする仕組み作りです。
Bさんの主な業務は、各システムから抽出された顧客データの分析、データ定義の標準化ルールの策定、データクリーニングのプロセス設計、そして新しいマスターデータモデルの設計支援などです。具体的には、
- 「顧客名」一つをとっても、会社名、部署名、個人名など様々な形式で入力されているデータを分析し、どのような要素に分解し、どのように記述するのが標準的かを定義する。
- 過去のデータに誤りや重複がないかを確認し、クリーニング方法やエラーチェックのルールを定める。
- 異なる部門間で使われている用語やコード体系の違いを調整し、共通の分類体系を構築する。
- 定義したルールや分類体系を、実際にMDMシステムに実装するための仕様を検討する。
- プロジェクトメンバーや関係部署とのコミュニケーションを取り、合意形成を進める。
といった多岐にわたる業務に携わっています。
司書経験がMDMの現場でどのように活かされているか
Bさんは、これらのMDM業務において、司書時代の経験が自身の核となっていることを実感していると言います。
情報の分類・構造化スキル
図書館司書は、膨大な蔵書や情報資源を、利用者が必要な時に効率的に見つけられるよう、件名、分類、キーワード、著者、出版年といった様々な側面から分類し、体系的に整理します。この「情報を多角的に捉え、論理的な構造を与える」スキルは、MDMにおいてまさに中心的な役割を果たします。
「企業データは図書館の情報以上に複雑で、システムによって粒度や形式がバラバラです。司書時代に、資料の持つ多様な情報を構造化し、分類体系に位置付ける作業を繰り返していたおかげで、複雑なデータ構造を理解し、どう整理すれば利用しやすいマスターデータになるかを考える基礎力が自然と身についていました」とBさんは語ります。
メタデータ管理と標準化・記述規則策定の知識
図書館における書誌情報の作成や管理は、メタデータ管理そのものです。資料のタイトル、著者、出版情報、件名、分類コードなど、資料本体に関する情報を定義し、記述規則に従って統一的に記録します。また、目録規則(例: AACR2, RDAなど)や分類法(例: NDC, LCCなど)といった標準化されたルールに基づいて作業を行います。
「MDMにおけるデータ定義や標準化ルールの策定は、司書時代のメタデータ作成や目録規則の適用と非常に似ています。どの要素(属性)を定義するか、それぞれの要素をどのように記述するか、どのような形式で記録するかといったルール作りは、まさに図書館業務で日常的に行っていたことです。正確な記述や一貫性の重要性を肌で知っていることが、データ品質管理の観点からも役立っています」とのことです。
利用者ニーズ理解とコミュニケーション能力
図書館司書は、利用者が「何を」「どのように」探しているのかを理解し、最適な情報を提供するためのレファレンスサービスを行います。この「情報の利用者」の立場に立って考える視点は、MDMにおいて「マスターデータの利用者」(各部門のシステムや担当者)がどのようなデータを、どのような形式で必要としているかを理解するために重要です。
また、MDMプロジェクトでは、様々な部門の担当者からデータの定義や利用実態についてヒアリングを行い、部門間の意見の対立を調整し、全社で共通の認識を形成していく必要があります。司書時代に培った利用者とのコミュニケーション能力や、関係部署との調整能力が、プロジェクト推進において活かされています。
情報科学の知識との連携
情報科学を学んだ経験がある読者にとって、Bさんの事例は自身の知識がどのように活かせるかの具体的なイメージを提供してくれるでしょう。
Bさんも、司書資格取得課程で学んだ情報組織論やデータベースの基礎知識が、MDMのデータモデリングやテーブル設計の理解に役立ったと言います。図書館の分類体系や件名標目は、ある意味でデータモデルであり、データの階層構造や関連性を定義する概念です。これを企業データに応用することで、複雑なビジネスオブジェクト(顧客、製品など)を構造化し、データベース上で効率的に管理するための設計に繋がります。
さらに、情報科学におけるデータクリーニングやデータ変換、データ連携といった技術的な側面の理解は、MDMシステムの実装や運用において必須となります。司書の情報管理の概念的な理解と、情報科学で得た技術的な知識が組み合わさることで、より高度なデータマネジメント業務に貢献できる可能性が広がります。
キャリアチェンジで直面した課題と学び
異業種への転職には、もちろん多くの課題もありました。Bさんが特に苦労したのは、業界固有の専門用語や、企業内の複雑なシステム構成、そして大規模プロジェクト特有の進め方への適応でした。
「図書館の世界とは全く異なるビジネスプロセスやデータ構造があり、最初は戸惑いました。また、MDMシステムのようなエンタープライズ向けのツールに関する知識もゼロからのスタートでした」とBさんは振り返ります。
しかし、司書時代に新しい情報資源やシステムを学ぶことに慣れていた経験が活きました。積極的に関連書籍やオンラインコースで学習し、周囲の技術担当者から教えを請いながら、必要な知識やスキルを習得していきました。また、プロジェクトの遅延や予期せぬ課題の発生など、司書業務では経験しなかったような状況にも直面しましたが、図書館で培った粘り強さや問題解決への意欲で乗り越えていったと言います。
現在の仕事の魅力と今後の展望
Bさんは、現在のMDMの仕事に大きなやりがいを感じています。「自分が設計に関わった分類体系や標準化ルールが、全社のデータ統合という大きな目標に貢献していることを実感できるのが魅力です。企業のデータ基盤という、いわば『情報インフラ』を整備することは、図書館の情報基盤を整備することと同じくらい、あるいはそれ以上に社会的なインパクトが大きいと感じています」と語ります。
今後の展望としては、MDMだけでなく、データガバナンス、データ品質管理、データカタログといった、より広範なデータマネジメント領域に専門性を広げていきたいと考えているそうです。
読者へのメッセージ
Bさんは、司書経験を活かして異業種へのキャリアチェンジを考えている方々、特に情報技術やデータ分野に関心を持つ方々へ、次のようなメッセージを寄せています。
「司書が持っている『情報を整理し、分類し、利用者に届ける』というスキルは、形を変えて様々な分野で求められています。特に、情報量が爆発的に増え、データの重要性が高まる現代において、情報の構造化や信頼性確保に関する司書の知見は非常に価値があります。情報科学やプログラミングの知識と組み合わせることで、データマネジメントや情報アーキテクチャといった分野で、司書時代の経験が強力な武器になります。すぐに全ての技術を習得する必要はありません。まずは司書スキルがどのように応用できるかを知り、興味を持った分野から学び始めることが大切です。司書としての経験に自信を持って、新しいキャリアの可能性を追求してほしいと思います。」
まとめ
元司書であるBさんの事例は、図書館で培われた情報分類、メタデータ管理、標準化、利用者理解といったスキルが、企業のマスターデータ管理(MDM)という専門性の高い分野でいかに有効であるかを示しています。情報科学の知識と組み合わせることで、データ統合やデータ品質管理といった、企業の基盤を支える重要な役割を担うことが可能です。自身の司書経験が、情報技術やデータ活用分野でどのような価値を生み出せるのか、具体的なキャリアパスを考える上で、Bさんのストーリーは多くの示唆を与えてくれるのではないでしょうか。