異業種へ飛び出す司書たち

図書館で培ったデータ管理スキル:元司書が担う研究データレポジトリの未来

Tags: データ管理, 研究データ, データキュレーション, メタデータ, 司書キャリア

元司書が挑む、研究データの信頼性を支える仕事

図書館司書と聞いてイメージされる仕事は、資料の収集・整理、貸出・返却業務、レファレンス対応などが一般的かもしれません。しかし、司書が図書館で培う専門性は、情報の管理・組織化、利用者ニーズの理解、知的財産や情報倫理への配慮など、多岐にわたります。これらのスキルは、デジタル化が加速する現代社会において、図書館以外の様々な分野でも高い親和性を持っています。

今回は、大学図書館で司書としてキャリアを積んだ後、研究機関のデータマネジメント部門で研究データレポジトリの管理やデータキュレーションに携わっているAさんの事例をご紹介します。情報科学やデータ活用分野に関心を持つ方にとって、司書経験がどのように新たなキャリアパスに繋がるのか、具体的なイメージを提供できるかもしれません。

図書館から研究データの世界へ

Aさんは新卒で大学図書館に就職し、約7年間司書として勤務しました。資料の選定、目録作成、分類、レファレンス業務、そして情報リテラシー教育などに従事しました。特に、日々増加する学術資料をいかに効果的に組織化し、利用者が求める情報へスムーズにたどり着けるようにするかという点に強い関心を持っていました。

転機が訪れたのは、所属する大学がオープンサイエンス推進のため、研究データレポジトリの構築・運用に力を入れ始めたことです。研究データの適切な管理と公開は、研究の再現性・透明性を高め、新たな発見を促進するために不可欠ですが、その運用には専門的な知識とノウハウが求められます。Aさんは、図書館で培った情報の組織化、メタデータ、システム管理のスキルがこの分野で活かせるのではないかと考え、学内の異動制度を活用して研究データマネジメント部門へキャリアチェンジしました。

司書スキルが光る研究データ管理・キュレーションの現場

Aさんが現在従事しているのは、研究データレポジトリの運用管理と、研究者から登録されるデータのキュレーション業務です。具体的な業務内容は多岐にわたりますが、司書経験が特に役立っているのは以下の点です。

1. メタデータ設計と付与

研究データは、データそのものだけでなく、それがどのような研究で生まれ、どのような条件で収集・分析されたのかといった「メタデータ」が非常に重要です。Aさんは、図書館の目録作成で培った、資料の内容を的確に把握し、適切な記述要素(タイトル、著者、主題、形式など)を抽出・構造化する能力を活かしています。

研究データ分野には、DataCite Metadata Schemaなど、図書館分野とは異なるメタデータ標準が存在しますが、Aさんは図書館で培った一般的なメタデータ理論や、分類・件名付けの考え方を応用することで、新しい標準をスムーズに習得しました。研究者とのやり取りを通じてデータの背景情報を引き出し、レポジトリの検索性を高めるためのタグ付けやキーワード選定を行う際にも、利用者(研究者や他のユーザー)の視点に立って情報整理を行う司書経験が活かされています。

2. データの品質管理と構造化

研究データの登録時には、ファイル形式の確認、破損チェック、個人情報などの機密情報が含まれていないかの確認など、データ品質を確保するための様々な作業が必要です。また、データが他の研究者にも再利用されやすいよう、ファイル構成を整理したり、付属文書(データの説明書など)を適切に配置したりすることも求められます。

司書は、資料を受け入れる際に物理的な状態やフォーマットを確認し、分類・配架といった構造化を行う訓練を積んでいます。この経験が、多様な形式で提出される研究データの「状態」を把握し、再利用可能な形に「構造化」するプロセスに応用されています。データの内容そのものに深く立ち入るわけではありませんが、データの「容器」や「説明書」を整えるという点で、図書館の資料管理と共通する点が多くあります。

3. 利用者サポートと情報リテラシー教育

研究者の中には、データの公開や管理に関する知識が十分でない方もいます。どのようなデータを公開すべきか、どのような形式で整理すれば良いか、著作権やプライバシーにどう配慮すべきか、といった相談に対応するのもAさんの重要な業務です。

図書館のレファレンス業務で培った、利用者の抱える課題を丁寧にヒアリングし、適切な情報源や解決策を提示するコミュニケーション能力が、研究者からの複雑な相談に対応する上で役立っています。また、図書館で情報リテラシー教育に携わった経験は、研究者向けにデータ管理計画の作成方法やレポジトリの利用方法に関する説明会やワークショップを企画・実施する際に活かされています。

4. システム理解と改善への貢献

研究データレポジトリは、多くの場合、オープンソースのソフトウェア(例: Dataverse, DSpace)を基盤として構築されています。Aさんは、図書館システム(OPAC、ILL、蔵書管理システムなど)の運用や利用者向けインターフェース改善に関わった経験から、システムの機能や構造を比較的容易に理解し、研究者からの要望や使い勝手に関するフィードバックをシステム担当者に的確に伝える役割も担っています。

キャリアチェンジで直面した課題と学び

研究データマネジメント分野へのキャリアチェンジは、順風満帆な道のりだけではありませんでした。最大の課題は、多様な研究分野の背景知識や、データ解析に関する基本的な理解、そしてレポジトリシステムを構成する技術(データベース、サーバーなど)についてのキャッチアップでした。

Aさんは、OJTや外部の研修に参加することに加え、情報科学に関する書籍を読み込んだり、オンライン講座を受講したりして、積極的に知識を習得しました。また、研究者との日々のコミュニケーションを通じて、彼らの研究内容やデータに対する考え方を学ぶことに時間をかけました。

この経験を通じて、Aさんは「常に学び続けること」の重要性を改めて認識したと言います。司書時代も情報技術の進化に合わせて知識を更新する必要がありましたが、異業種に飛び込むことで、より広範で深い学習が求められることを実感しました。

研究データマネジメントの魅力と今後の展望

Aさんは現在の仕事に大きなやりがいを感じています。研究データが適切に管理され、公開されることで、新しい研究の創出や社会課題の解決に貢献できる可能性があるからです。自身の司書スキルが、研究活動をインフラ面から支え、学術コミュニケーションの未来を築く一助となっていることに誇りを感じています。

今後の展望としては、より高度なデータキュレーション技術(例えば、特定の解析ツールで利用しやすいようにデータを整形する、機械可読性を高めるなど)を習得することや、研究データの利活用を促進するための新しいサービス開発に企画段階から関わることなどを目指しています。

司書経験と情報技術の融合が拓く道

Aさんの事例は、図書館司書として培われる情報の分類・整理・管理、利用者支援、メタデータ作成、情報リテラシーといったスキルが、研究データマネジメントやデータキュレーションといった情報技術と密接に関わる分野で非常に価値が高いことを示しています。

情報科学を学ぶ方や、自身の情報管理スキルを活かせるキャリアを模索している方にとって、研究機関や企業のデータ管理部門、あるいはデータを扱うIT企業など、司書経験が活かせるフィールドは想像以上に広がっています。図書館で培った情報の専門性と、情報科学で学ぶ技術的な知識を組み合わせることで、新しい価値を生み出すキャリアを築くことができるのではないでしょうか。

まとめ

元司書が研究データレポジトリ管理・データキュレーション分野で活躍する事例を紹介しました。情報の組織化、メタデータ、利用者支援といった司書スキルが、研究データの信頼性確保や利活用促進に不可欠な要素として役立っていることが分かります。司書経験は、情報技術やデータ活用分野において、新たなキャリアパスを切り拓くための強力な基盤となり得る可能性を秘めていると言えるでしょう。