異業種へ飛び出す司書たち

データを物語る：元司書がデータ可視化で活かす情報デザインと利用者理解

Tags: データ可視化, 情報デザイン, データ分析, キャリアチェンジ, 司書スキル活用, 情報伝達

複雑な情報を「分かりやすく」伝える力：データ可視化の世界へ

図書館司書は、膨大かつ多様な情報を整理し、利用者が求める情報へ迅速かつ正確にアクセスできるよう支援する専門家です。この「情報を分かりやすく伝える」という核となるスキルは、図書館を離れた後のキャリアにおいても、さまざまな分野で強力な武器となります。特に、近年重要性が増しているデータ分析の領域において、分析結果を効果的に伝えるための「データの可視化」や「情報デザイン」の分野で、元司書が活躍する事例が増えています。

今回は、大学図書館で司書として勤務した後、IT企業でデータ可視化エンジニアとしてキャリアを築いたAさんのストーリーをご紹介します。Aさんの経験から、司書時代に培ったスキルがどのように異分野で活かされているのかを見ていきます。

図書館での経験：情報を「届ける」ことへの情熱

Aさんは、大学で情報学を専攻し、大学図書館で数年間司書として勤務しました。図書館では、学生や研究者の文献検索支援、レファレンス対応、情報リテラシー教育、図書館システムの運用管理など、幅広い業務に携わりました。

特に、Aさんがやりがいを感じていたのは、複雑な学術情報を、専門知識を持たない利用者にも理解できるよう平易な言葉で解説したり、必要な情報源へと適切に誘導したりするレファレンス業務や、効果的な情報検索の方法を教える情報リテラシー教育でした。また、図書館のウェブサイトや館内掲示物を作成する際に、どのように情報を配置すれば利用者に伝わりやすいかを工夫することにも熱心でした。

しかし、図書館の枠を超えて、より広く社会の情報活用に関わりたい、特に自身が学んだ情報学の知識と、司書として培った「情報を伝える力」を融合させたいという思いが募り、データ活用の分野への転職を決意しました。

現在の仕事：データを「見て分かる」形にする

現在、AさんはIT企業のデータ分析チームで、データ可視化エンジニアとして勤務しています。主な業務内容は、データアナリストが集計・分析したビジネスデータを、経営層や各部署の担当者が直感的に理解できるよう、グラフやダッシュボードなどの視覚的な形式に加工・設計することです。具体的には、

といった業務に日々取り組んでいます。

司書経験がデータ可視化で活きるポイント

Aさんの現在の仕事において、司書時代の経験は多くの場面で活かされています。特に、以下のスキルや知識が非常に役立っているとAさんは語ります。

  1. 利用者ニーズの理解力とコミュニケーション能力: 司書は、利用者が漠然と持つ「知りたいこと」を聞き取り、それを具体的な情報要求へと落とし込む専門家です。データ可視化においても、ビジネスユーザーが「どのような情報から何を判断したいのか」という潜在的なニーズを正確に把握することが出発点となります。Aさんは、司書時代のレファレンス対応で培った傾聴力や質問力を活かし、ユーザーとの対話を通じて真のニーズを引き出し、本当に役立つ可視化を設計しています。

  2. 情報の構造化と整理のスキル: 図書館資料を分類し、目録を作成することで、膨大な情報に構造を与え、アクセス可能にするのが司書の重要な役割です。データ可視化においても、分析対象となるデータの構造を理解し、目的に合わせて必要なデータを抽出し、整理する能力は不可欠です。Aさんは、司書時代に培った情報分類や目録作成の経験が、データのカラム構成を理解したり、リレーショナルデータベースの構造を把握したりする際に役立っていると感じています。

  3. 情報を分かりやすく伝えるためのデザイン思考: 司書は、書架の配置、サイン計画、展示物のデザイン、情報リテラシー教育資料の作成など、情報をどのように提示すれば人が理解しやすいかを常に考えています。これは、データの可視化において、どのグラフを使えばデータの特徴が最も明確に伝わるか、どのような配色やレイアウトにすれば見やすいか、といった情報デザインの思考に直結します。Aさんは、司書時代に情報伝達の「デザイン」を意識した経験が、視覚的に効果的なデータ表現を生み出す基盤となっていると述べています。

  4. 信頼性のある情報源を評価するリサーチ力: 司書は、情報源の信頼性や適切性を評価する能力に長けています。データ可視化においても、使用するデータの出所が信頼できるものか、偏りはないかなどを確認することは、可視化結果の正確性を担保するために非常に重要です。

  5. 新しいツールや技術を学ぶ適応力: 図書館システムや情報検索ツールの進化に対応してきた司書は、新しい情報技術やツールを学ぶことへの抵抗感が少ない傾向があります。Aさんも、データ分析や可視化のための新しいプログラミング言語やツール（Python, Tableauなど）を習得する際に、司書時代に培った学習習慣と適応力が役立ったと感じています。

キャリアチェンジで直面した課題と学び

異業種へのキャリアチェンジは容易な道のりではありませんでした。Aさんは、データ分析そのものに関する深い知識や、統計学、プログラミング（Python, Rなど）のスキルが不足していることに直面しました。また、ビジネスのロジックや業界特有の慣習を理解する必要もありました。

これらの課題に対し、Aさんはオンライン学習プラットフォームでの講座受講、関連書籍での独学、社内外の勉強会への積極的な参加などを通じて、必要な知識やスキルを習得していきました。特に、プログラミングに関しては、最初は戸惑いもありましたが、司書時代に図書館システムの管理やカスタマイズで基礎的な論理的思考や問題解決能力が養われていたことが、スムーズな習得に繋がった側面もあったそうです。

現在の仕事の魅力、やりがい、そして今後の展望

Aさんは、現在の仕事の最大の魅力として、「データを通じてビジネスの意思決定を支援し、人々の理解を深めることに貢献できる」点を挙げます。司書として利用者一人ひとりの情報探索を支援していた経験が、より大きなスケールで組織全体の情報活用を促進することに繋がっていると感じています。自身がデザインしたダッシュボードやレポートが、具体的なアクションに繋がり、ビジネスの成果に貢献するのを見ることに大きなやりがいを感じています。

今後の展望としては、より高度なデータ分析手法の学習や、AIを活用した自動レポーティング、あるいはデータストーリーテリング（データに基づいた物語を作成し、人々の感情や行動に訴えかける表現手法）といった分野にも挑戦していきたいと考えています。

読者へのメッセージ

Aさんのストーリーは、司書として培ったスキル、特に「情報を整理し、分かりやすく伝え、利用者のニーズを理解する力」が、データ活用の分野でいかに価値を持つかを示しています。情報科学を学ばれている方や、司書経験を異業種で活かしたいと考えている方にとって、データ可視化や情報デザインの分野は、自身のスキルセットを活かせる魅力的な選択肢の一つとなり得ます。

図書館での経験は、単に本を管理することだけではありません。情報を構造化し、アクセス性を高め、利用者が求める形で提供するという、情報の本質に関わる専門性です。この専門性は、デジタル化が進みデータが溢れる現代において、ますますその重要性を増しています。

もしあなたが、自身の情報に関するスキルや、人々の情報活用を支援したいという思いを、図書館以外の場所でどのように活かせるか悩んでいるのであれば、ぜひ元司書たちの多様なキャリアパスに目を向けてみてください。特に、情報技術やデータ関連の分野では、あなたの持つ情報整理能力や利用者理解力が、きっと価値を発揮するはずです。

まとめ

元司書であるAさんは、図書館で培った情報整理、利用者ニーズ理解、そして情報を分かりやすく伝えるデザイン思考といったスキルを活かし、データ可視化エンジニアとして活躍しています。この事例は、司書経験がデータ分析や情報技術の分野においても、情報の構造化、効果的な情報伝達、そして利用者中心のアプローチという形で強力なアドバンテージとなり得ることを示しています。キャリアに悩む方々にとって、司書経験が異業種で開花する可能性を示す具体的な一例となるでしょう。