情報の構造化スキルが光る：元司書がデジタル教育コンテンツ設計で拓く新しいキャリア
図書館で培った情報整理・分類スキルがデジタル教育の現場で活きる
図書館司書と聞いて、多くの人は紙媒体の書籍を扱う仕事や、利用者の本の貸し借りに関わる仕事を想像するかもしれません。しかし、現代の図書館はデジタル化が進み、司書の仕事も情報のデジタル化、データベース管理、オンライン情報資源のキュレーション、情報リテラシー教育など、多岐にわたります。ここで培われる高度な情報管理、分類、利用者支援といったスキルは、実は図書館を飛び出した異業種、特に急速に発展するデジタル教育分野で非常に高く評価されています。
本記事では、大学図書館で数年間勤務した後、EdTech（Education Technology）企業へ転職し、デジタル教育コンテンツの情報設計を担当している元司書のキャリアストーリーをご紹介します。
図書館での経験と転職の背景
彼女は大学図書館で、研究論文のデータベース管理、電子ジャーナルの契約・管理、利用者からのレファレンス対応、情報検索ガイダンスの実施といった業務に携わっていました。日々の業務の中で、利用者が求める情報になかなか辿り着けない現状や、膨大なデジタル情報の中で何が信頼できる情報か判断することの難しさを目の当たりにし、情報へのアクセス性や情報リテラシー教育の重要性を強く感じていました。
一方で、技術の進歩によりオンライン学習プラットフォームやデジタル教材が普及する中で、それらが提供する情報の構造やユーザーインターフェースが、学習効果や情報理解度に大きく影響することを実感しました。図書館で培った「いかに情報を体系的に整理し、ユーザーが必要な時に、分かりやすい形で提供するか」という視点が、デジタル教育分野でも非常に重要になるのではないかと考え、EdTech企業への転職を決意しました。
現在の仕事内容：デジタル教育コンテンツの情報設計
現在、彼女はEdTech企業で、主にオンライン学習コースやデジタル教材の情報設計に携わっています。具体的な業務内容は多岐にわたります。
例えば、ある専門分野のオンラインコースを開発する際には、その分野の学習内容を網羅的に把握し、学習者のレベルや目的に合わせて最適な学習順序やモジュール構成を設計します。それぞれの学習モジュールには、動画、テキスト、演習問題など多様な形式のコンテンツが含まれるため、それらをいかに論理的に配置し、相互参照を容易にするかが腕の見せ所です。
また、各コンテンツに適切なメタデータ（キーワード、難易度、前提知識、学習目標など）を付与するためのルールを策定し、開発チームやコンテンツ作成担当者と連携して実装を進めます。これにより、学習者は自分の興味や必要に応じて柔軟にコンテンツを検索したり、関連情報を発見したりできるようになります。
さらに、プラットフォーム全体のナビゲーション構造や、学習コンテンツ内での情報提示方法（見出しの付け方、図表の使い方など）についても、学習者の認知特性やユーザビリティを考慮しながら設計ガイドラインを作成・改善しています。
司書経験が現在の業務でどのように活かされているか
彼女の現在の業務は、図書館で培った司書スキルと密接に結びついています。
最も核となるのは、情報の組織化・分類スキルです。図書館ではデューイ十進分類法や日本十進分類法といった複雑な分類体系を理解し、情報を物理的・概念的に組織化してきました。この経験が、膨大な学習コンテンツを論理的な構造に落とし込み、学習パスを設計する上で直接的に役立っています。単に情報を並べるのではなく、「学習者がどのように情報を探索し、理解を深めるか」という利用者の視点に立った情報設計は、まさに図書館の分類や配架の考え方そのものです。
次に、メタデータ管理の専門知識です。図書館ではMARC等の書誌情報構造を扱い、正確なメタデータを作成・管理することが日常でした。このスキルが、デジタル教材に検索性や再利用性を高めるための適切なメタデータスキーマを設計し、運用する上で不可欠となっています。例えば、学習コンテンツのトピックを示すキーワードを選定する際にも、主題分析能力が活かされます。
さらに、利用者ニーズの理解とレファレンススキルも重要な基盤です。図書館で様々な背景を持つ利用者の情報探索行動を観察し、対話を通じて真のニーズを引き出す経験は、デジタル教育プラットフォームのユーザー（学習者）が「何を求めているのか」「どのような情報提示が学習効果を高めるのか」を理解する上で大いに役立っています。ユーザビリティテストの設計や結果分析においても、この利用者視点が光ります。
また、情報リテラシー教育の知見も、デジタルコンテンツ設計に生かされています。「情報過多の時代にいかに情報を探し、批判的に評価し、適切に利用するか」という司書としての問題意識が、学習者がデジタル情報を効率的かつ主体的に学べるようなインターフェースや補助機能を設計する際のヒントとなります。
加えて、多様な部署（コンテンツ開発、エンジニアリング、デザイン、マーケティングなど）と連携し、プロジェクトを進める上では、図書館での他部署との調整や、利用者・研究者など様々なステークホルダーとコミュニケーションを取ってきたプロジェクト管理・調整力も活かされています。
キャリアチェンジで直面した課題と学び
図書館からEdTech企業への転職は、新しい環境への適応が求められました。まず、テクノロジーや教育学に関する最新のトレンド、特にオンライン学習のプラットフォーム技術や学習分析（Learning Analytics）についての知識をキャッチアップする必要がありました。情報科学専攻の方であれば、技術的な基礎があるため比較的スムーズかもしれませんが、教育分野の知見や、ビジネス環境特有のスピード感への適応は新たな挑戦となります。
また、開発プロセスがウォーターフォール型からアジャイル型に変わったことへの適応も必要でした。仕様が常に変化する中で、情報設計も柔軟に対応していく必要があります。データに基づいた意思決定が重視されるため、学習ログデータなどの分析結果を情報設計に反映させるスキルも新たに習得しました。
最大の学びは、「司書スキルは特定の場所や媒体に限定されるものではなく、情報の価値を理解し、それを必要とする人に最適な形で届けるための普遍的な能力である」という再認識でした。分類や整理、メタデータといった概念は、デジタル、教育、ビジネスといった異なる文脈でも形を変えて応用できることを実感しています。
現在の仕事の魅力・やりがい、そして今後のキャリア展望
現在の仕事の魅力は、自身の情報設計が、直接的に多くの学習者の学びやすさや理解度向上に貢献できる点です。学習者がプラットフォーム上で迷わず、効率的に学習を進められる姿を想像すると大きなやりがいを感じます。また、教育とテクノロジーが融合する最先端の分野で、常に新しい知識や技術を取り入れながら働けることも魅力です。
今後のキャリア展望としては、学習分析データをさらに深く活用し、個々の学習者に最適化されたパーソナライズド学習パスの情報設計に貢献したいと考えています。また、AIを活用したコンテンツ推薦システムや、よりインタラクティブな学習体験をデザインする上でも、司書の情報構造化や利用者理解のスキルが重要な役割を果たすと確信しています。
まとめ
図書館司書として培われる、情報の組織化・分類、メタデータ管理、利用者ニーズ理解、情報リテラシーに関する専門知識とスキルは、EdTech分野におけるデジタル教育コンテンツの情報設計というキャリアにおいて、非常に強力な武器となります。
情報科学のバックグラウンドを持つ方であれば、司書経験で得られる情報管理・構造化の深い理解と、技術的な知識を組み合わせることで、デジタルコンテンツの効果を最大化する情報アーキテクトとして、EdTech分野のみならず、広範な情報技術関連の領域で活躍できる可能性が広がります。自身の専門性を様々な角度から見つめ直し、司書経験を新たなキャリアパスへと繋げる参考にしていただければ幸いです。