複雑なビジネス情報の整理をリード：元司書がエンタープライズシステムで活かす分類・構造化スキル
異業種へのキャリアチェンジとエンタープライズシステムの世界
図書館という情報の宝庫で、資料の収集、整理、分類、そして利用者への情報提供に日々携わっていた元司書の方々が、その専門性を活かして全く異なる業界で活躍する事例が増えています。特に、情報技術やデータ活用がビジネスの根幹を支える現代において、司書が培ってきた高度な情報管理スキルは、多くの分野で高い評価を得ています。
今回は、大手ITコンサルティングファームで、クライアント企業のエンタープライズシステム（例えば、CRM（顧客関係管理システム）やERP（企業資源計画システム）など）導入プロジェクトにおいて、情報設計やデータ分類のコンサルタントとして活躍されている元司書の方のストーリーをご紹介します。
図書館での経験とキャリアチェンジのきっかけ
ご紹介するAさんは、大学図書館で数年間、図書の目録作成や分類、レファレンス業務に携わっていました。学生や研究者の情報ニーズを深く理解し、膨大な情報の中から必要なものを選び出し、整理して提供することにやりがいを感じていたそうです。
図書館のシステムリプレイスプロジェクトに関わる中で、情報がどのようにシステムに格納され、検索されるのかといった技術的な側面に強い関心を持つようになりました。特に、利用者にとって「探しやすく」「使いやすい」情報システムを設計するためには、単に技術だけでなく、情報の構造や利用者の行動様式を理解することが重要であることを実感したといいます。この経験が、情報と技術を結びつけた分野へのキャリアチェンジを考える大きなきっかけとなりました。
エンタープライズシステムの情報設計という仕事
現在Aさんが携わっているのは、企業の根幹を支えるエンタープライズシステムの導入や改修プロジェクトです。これらのシステムは、顧客情報、製品情報、財務情報、サプライヤー情報など、企業活動に関わるありとあらゆる情報を一元管理します。Aさんの役割は、これらの複雑なビジネス情報をシステム内でどのように分類し、構造化し、利用者が効率的にアクセス・活用できるように設計するか、という点にあります。
具体的な業務としては、クライアント企業のビジネスプロセスを理解した上で、システムで扱うべき情報項目を特定し、それらをどのような階層構造や関連性で管理するかといった「データモデル」や「分類体系」の設計を行います。また、各情報に付与すべきメタデータ（付随情報）の項目やルールを定義したり、システム内の検索機能の精度を高めるためのキーワード戦略やタグ付けルールを策定したりもします。システム開発チームやビジネス部門、そして実際にシステムを利用する現場の従業員など、多様な関係者と連携しながらプロジェクトを進めています。
司書経験が現在の業務で活かされている点
Aさんは、現在の業務において、司書時代に培ったスキルが多岐にわたって役立っていると語ります。
最も核となるのは、情報分類と構造化のスキルです。図書館で図書資料をNDCやLCSHといった分類法に従って体系的に整理したり、目録規則に基づいて書誌情報（タイトル、著者、出版社、件名、キーワードなど）を作成したりする経験は、ビジネス情報の分類体系やメタデータ設計の基本的な考え方と共通しています。例えば、数万件に及ぶ過去の顧客情報を新しいCRMシステムに移行する際、単にデータを移すだけでなく、営業戦略に合わせて顧客をセグメント化するための新しい分類軸（業種、企業規模、購買履歴、担当者タイプなど）を設計する必要がありました。司書として培った、情報の本質を見抜き、論理的な階層や関連性を構築する力、そして将来の利用シーンを予測して柔軟性を持たせる視点が、この複雑な分類設計において大いに活かされています。
次に、利用者ニーズの理解です。図書館のレファレンスサービスでは、利用者が漠然とした問いからでも本当に求めている情報を引き出すために、対話を通じて真のニーズを掘り下げます。このスキルは、ビジネス現場でシステム利用者が「どんな情報があれば、どのような業務を効率化できるのか」「どのように情報を探したいのか」といった潜在的なニーズを引き出す上で非常に重要です。システム利用者へのヒアリングや、利用シナリオの分析を通じて、彼らが最も効率的に情報にアクセスできるような情報構造や検索機能を設計する際に、この利用者視点が欠かせません。
さらに、メタデータ管理や情報検索に関する知識も直接的に役立っています。図書館の目録作成で正確なメタデータを付与することの重要性を理解していた経験は、ビジネスデータにおいても、正確かつ網羅的なメタデータを定義し、データ品質を維持することの重要性を認識する上で基盤となります。また、図書館システムでの検索ロジックに関する知識は、エンタープライズシステム内の複雑な検索機能を設計・評価する際に役立っています。例えば、キーワード検索だけでなく、属性による絞り込みや、関連情報への誘導といった機能設計において、司書時代の経験がアイデアの源泉となることがあります。
キャリアチェンジで直面した課題と学び
異業種へのキャリアチェンジは順風満帆なことばかりではありませんでした。最も大きな課題は、情報技術や特定の業界におけるビジネスプロセスの専門知識の習得です。システム開発の専門用語、データベースの構造、特定の業界（例えば製造業や金融業など）特有の業務フローやそこで使われる情報の意味などをゼロから学ぶ必要がありました。
これに対し、AさんはOJTだけでなく、関連書籍を読み漁ったり、オンラインの技術講座を受講したりと、積極的に自己学習を行いました。また、システム開発チームやビジネス部門の担当者に積極的に質問し、知識や視点を吸収することに努めました。司書時代に培った「知りたい情報を探し出す力」と「不明な点を明確にするための質問力」が、ここでも役立ったといいます。異分野の専門家と協力し、彼らの言語を理解しようと努めるコミュニケーション能力も、プロジェクトを円滑に進める上で不可欠な要素でした。
現在の仕事の魅力・やりがいと今後の展望
Aさんは、現在の仕事の最大の魅力は、自分の設計した情報構造が、企業の業務効率化や意思決定の迅速化といった具体的なビジネス成果に繋がるのを間近で見られることだと感じています。また、常に新しい技術や複雑なビジネス課題に触れることができる刺激的な環境で、自身の専門性を深化させ続けられる点にもやりがいを感じています。
今後は、特定のエンタープライズシステム分野における情報設計のスペシャリストとして、さらに高度なデータモデリングや情報ガバナンスの領域に挑戦したいと考えているそうです。また、AIや機械学習の分野で重要となる、データのラベリングやアノテーションといったタスクにおいても、司書の分類やメタデータ付与のスキルが貢献できる可能性があると考えており、こうした新しい分野への関心も高まっています。
キャリアに悩む読者へのメッセージ
Aさんのストーリーは、司書経験が情報技術分野、特に複雑な情報を取り扱うエンタープライズシステムの情報設計という領域で大いに活かせることを示しています。もしあなたが、図書館での情報管理経験を持ちつつ、情報科学やデータ活用といった分野に関心があるのであれば、司書として培った「情報を整理し、構造化し、利用者がアクセスしやすいようにする」という核となるスキルは、異業種でも非常に価値のある資産となり得ます。
自身の持つ情報科学やプログラミングの知識と、司書的な情報の見方や利用者視点を組み合わせることで、情報技術の現場で新しい役割を担える可能性があります。図書館で培った専門性は、あなたが思っている以上に多様なキャリアパスへと繋がる可能性を秘めています。
まとめ
元司書のAさんの事例は、図書館で培われた情報分類、構造化、利用者理解といったスキルが、ITコンサルティングやエンタープライズシステムの情報設計という分野でどのように価値を生み出しているかを具体的に示しています。複雑なビジネス情報に秩序を与え、活用を促進するというAさんの仕事は、まさに高度な情報管理能力が求められる領域です。
司書経験者が異業種、特に情報技術やデータ関連分野で活躍する道は、今後さらに広がっていくと考えられます。自身のスキルセットを見つめ直し、どのような分野で貢献できるかを模索することは、新たなキャリアを切り拓く上で重要なステップとなるでしょう。