AIの「なぜ?」に答える:元司書がXAI分野で活かす情報伝達・利用者理解スキル
元司書が挑む、AIのブラックボックスを紐解く仕事
急速な発展を遂げる人工知能(AI)は、私たちの生活やビジネスに深く浸透しています。しかし、その意思決定プロセスが複雑すぎて人間には理解しにくい、いわゆる「ブラックボックス」問題も指摘されています。このような背景から注目されているのが、「説明可能なAI(Explainable AI - XAI)」という分野です。AIがなぜそのような判断に至ったのか、その根拠を人間が理解できる形で示すことを目指します。
今回は、図書館での経験を経て、このXAI分野で活躍する元司書の方のストーリーをご紹介します。大学では情報学を専攻し、卒業後は公共図書館で司書として勤務されたAさんは、AIが社会に浸透していく様子を傍らで見ながら、自身の情報に関する専門性を、新しい分野でどのように活かせるのか模索されていました。特に、複雑な情報技術を非専門家に分かりやすく伝えることに関心があり、AIの「なぜ?」に答えるXAIの仕事に大きな可能性を感じたと言います。
図書館からAIの現場へ:現在の仕事内容
現在、AさんはIT企業のAIソリューション開発部門で、XAI関連のプロジェクトに携わっています。具体的な業務内容は多岐にわたりますが、主なものとしては、開発されたAIモデルの予測結果や分類根拠について、その説明を生成・整理・提示するためのサポートを行うことです。
たとえば、ある銀行がAIを使って融資の可否を判断する場合、なぜ特定の顧客が否決されたのかを顧客や規制当局に説明する必要が生じます。Aさんは、データサイエンティストが分析したモデルの内部構造や、判断に影響を与えた特徴量(顧客の収入、職業、過去の取引履歴など)に関する情報を受け取ります。その情報を、最終的に説明を必要とする相手(ビジネス部門の担当者、法務部門、あるいは顧客本人)が理解できる言葉や図、あるいはインタラクティブなインターフェースとして再構成する作業を支援しています。
この仕事には、高度な技術的な知識に加え、情報を必要とする人がどのような背景を持ち、何をどれだけ理解したいのかを正確に把握する能力、そして複雑な情報を分かりやすく伝える能力が不可欠です。
司書経験がXAI分野で具体的にどう活きるか
Aさんは、現在の仕事で司書時代に培った多くのスキルや知識が役立っていると語ります。特に、以下の点が重要だと感じているそうです。
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利用者ニーズの把握と情報提供能力: 図書館司書は、利用者が持つ漠然とした疑問や情報ニーズを丁寧にヒアリングし、その本質を見抜くことが求められます。そして、専門的な資料の中から、利用者の理解レベルや目的に合致する情報を探し出し、分かりやすく伝えるレファレンスサービスを提供します。 XAIの分野でも、これは非常に重要です。AIの説明を求める「利用者」(ビジネス担当者、経営層、規制当局など)が、なぜその説明が必要なのか、どのレベルで理解したいのかを正確に把握することから始まります。Aさんは、司書時代に様々な利用者の多様なニーズに向き合った経験から、相手の立場に立って「知りたいこと」を汲み取る能力が身についていると感じています。
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情報の構造化・組織化スキル: 図書館資料は、分類体系やメタデータによって整理され、利用者が効率よく情報にアクセスできるよう設計されています。資料をどのような観点で分類し、どのような情報をメタデータとして付与すれば「探しやすく」「分かりやすい」データベースになるかという知見は、司書の核となるスキルの一つです。 AIの説明においても、その判断根拠となる情報は複雑で多岐にわたります。Aさんは、この膨大な情報を分かりやすい構造に整理し、関連性を示し、どの情報が重要かを際立たせるために、司書時代に培った分類や情報アーキテクチャの考え方が非常に役立っていると言います。AIの推論パスを図示化したり、重要な特徴量とそうでないものを区分けしたりする際に、情報の構造化スキルが活きています。
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複雑な情報を分かりやすく伝える情報リテラシー教育スキル: 司書は、情報の探し方だけでなく、情報の評価方法、著作権や情報倫理についても、様々な背景を持つ利用者に対して教育を行います。専門用語を避け、平易な言葉で説明する能力、相手の理解度を確認しながら進めるコミュニケーション能力が必要です。 XAIの現場では、AIモデルの仕組みや推論プロセスは専門的な内容です。Aさんは、司書として複雑な情報探索のプロセスや倫理的な概念を、ITに詳しくない人にも理解できるように説明してきた経験を活かし、AIの説明を非専門家が納得できる言葉や表現で伝える役割を担っています。図やグラフを用いた視覚的な説明の設計も、情報伝達の経験から自然に行えているそうです。
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情報の信頼性評価と倫理観: 司書は、情報の出所や信頼性を評価する目を養っています。また、情報提供における公平性や中立性、プライバシー保護といった倫理的な側面に常に配慮します。 AIの説明は、単に技術的に正しいだけでなく、利用者が信頼できるものでなければなりません。Aさんは、情報の信頼性を見抜く司書の目が、生成された説明がAIの実際の判断を正確に反映しているか、偏りや誤解を招く表現がないかをチェックする際に役立っていると感じています。また、AIの判断基準や説明を提示する上での倫理的な配慮も、司書時代に培った情報倫理の知識と結びついています。
キャリアチェンジで直面した課題と学び
もちろん、異業種へのキャリアチェンジには困難も伴いました。最も大きかったのは、情報科学、特に機械学習や統計に関する深い知識を新たに習得する必要があったことです。司書時代にもデータベースや情報システムの基礎は学んでいましたが、AIのモデル構造や評価指標など、より専門的な内容は未知の領域でした。
Aさんは、書籍やオンラインコースでの学習に加え、社内のデータサイエンティストやエンジニアに積極的に質問し、議論を重ねることで知識を深めていきました。また、技術的な内容だけでなく、ビジネスの文脈でAIがどのように活用されているのか、どのような課題があるのかを理解することも重要でした。
この経験を通じて、Aさんは「学び続ける姿勢」と「異なる専門性を持つ人々と協働する力」の重要性を改めて認識したと言います。司書時代に培ったコミュニケーション能力と、新しい知識体系に体系的に取り組む力(情報の収集・整理スキル)が、このキャッチアップの過程で役立ったと感じています。
現在の仕事の魅力と今後の展望
Aさんは、現在の仕事の最大の魅力は、最先端の情報技術であるAIに司書として培った専門性を掛け合わせることで、社会的に意義のある新しい価値を生み出せている点だと語ります。AIの「なぜ?」を解き明かし、人々がAIを信頼し、適切に活用できるよう支援することは、今後のAI社会においてますます重要になるでしょう。
今後の展望として、AさんはXAIの技術的な側面だけでなく、人間中心設計(Human-Centered Design)の考え方を取り入れ、よりユーザーフレンドリーな説明インターフェースの研究開発にも関わっていきたいと考えています。司書の専門性をさらに深めながら、情報科学の知識と融合させることで、AIと人間がより良い関係を築ける未来に貢献したいという情熱を持っています。
キャリアに悩む読者へのメッセージ
Aさんは、キャリアに悩んでいる元司書や、自身の専門性を異業種で活かしたいと考えている方々に対し、次のようなメッセージを送ります。
「司書として働く中で培われるスキルは、情報の収集・整理・分析・伝達、利用者ニーズの理解、データベースや情報システムに関する基礎知識、著作権や情報倫理に関する知識など、異業種、特に情報技術やデータ活用の分野で非常に高く評価されるものです。一見全く異なる世界に見えても、情報の『価値を最大化し、必要とする人に届ける』という本質的な部分は共通しています。
もしあなたが情報技術やデータに関心があるなら、司書経験で培ったスキルがどのように繋がるのか、具体的な職種や業界を調べてみてください。XAIのように、まだ新しい分野でも、あなたの情報に関する専門性が求められている場所はたくさんあります。新しい分野への挑戦は確かに不安も伴いますが、司書として培った『学び続ける力』と『問題を解決するために情報を探し、整理する力』があれば、きっと乗り越えられるはずです。あなたの可能性を信じて、ぜひ一歩踏み出してみてください。」
まとめ
元司書であるAさんのストーリーは、司書経験が情報技術の最前線であるAI分野、特にXAIという形で活かされている具体的な事例を示しています。情報の専門家として培った利用者理解、情報伝達、情報の構造化といったスキルは、AIの複雑性を紐解き、人間がAIを信頼し活用するための橋渡しをする上で不可欠な能力です。
情報科学を学び、自身のキャリアパスに悩む方にとって、司書経験を持つ人々がこのように多様な情報技術分野で活躍している事実は、自身の持つ情報に関する知識やスキルが、図書館という枠を超えて様々な可能性を秘めていることを示唆しているのではないでしょうか。司書経験は、変化の速い情報社会において、新しい分野へ飛び出し、専門性を発揮するための確かな土台となり得るのです。