データと情報の「信頼性」を評価する:元司書がファクトチェック・コンサルティングで活かす情報リテラシースキル
導入:情報過多時代の「真偽」を見抜くプロフェッショナルへ
インターネットやSNSの普及により、私たちはかつてないほど大量の情報にアクセスできるようになりました。その一方で、偽情報(フェイクニュース)や誤情報が拡散し、社会的な問題となっています。このような状況下で、情報の「信頼性」を見極め、その真偽を評価する専門家の需要が高まっています。
今回ご紹介するのは、大学図書館で司書として勤務後、ファクトチェックを専門とするコンサルティングファームで活躍されているAさんの事例です。Aさんは司書として培った多様なスキルを活かし、情報信頼性の専門家として、クライアントの情報ガバナンス強化やファクトチェック体制構築を支援されています。情報科学分野の知識が、司書経験とどのように結びつき、新たなキャリアを拓いているのかを見ていきましょう。
図書館での経験とキャリアチェンジのきっかけ
Aさんは大学図書館で、主にレファレンスサービスと情報リテラシー教育を担当されていました。利用者からの質問に対し、多岐にわたる情報源から信頼性の高い情報を選び出し提供すること、そして学生や研究者が自ら適切な情報を見つけ、評価できるようになるための教育は、司書業務の中でも特にやりがいを感じていた部分です。
情報過多社会が進む中で、図書館の外でも多くの人が情報の信頼性評価に困っている状況を目の当たりにし、司書が持つ「情報を見極める力」や「情報を分かりやすく伝える力」が、より広く社会に貢献できるのではないかと考えるようになりました。特に、インターネット上の情報に対する懐疑心や、情報収集における非効率性を解消するためのニーズを感じ、情報技術やデータ活用が進むビジネスの現場で自身のスキルを活かしたいと考えるようになったそうです。
現在の仕事内容:情報信頼性コンサルタントとして
現在、Aさんはファクトチェックや情報信頼性評価を専門とするコンサルティングファームに勤務し、「情報信頼性コンサルタント」として多様な業務に携わっています。クライアントはメディア企業、ITプラットフォーム事業者、リスク管理部門を持つ一般企業など多岐にわたります。
主な業務内容は以下の通りです。
- 情報源評価メソッドの提供: クライアントが自社で利用する情報源(ニュース記事、レポート、SNS情報など)の信頼性を評価するための基準やフレームワークを設計・提供します。
- ファクトチェックプロセスの設計支援: 報道機関やプラットフォーム事業者が、誤情報や偽情報を効率的かつ正確にファクトチェックするためのワークフローやシステム導入をサポートします。
- 従業員向け情報リテラシー研修: 企業内で働く人々が、日常業務や情報収集において、情報の真偽を見分け、適切に扱うための研修プログラムを企画・実施します。
- 情報ガバナンス・ポリシー策定支援: 情報の収集、利用、管理における倫理的・法的な側面を考慮した社内ポリシー策定をサポートします。
これらの業務では、単に情報の真偽を判定するだけでなく、なぜその情報が信頼できるのか(あるいはできないのか)を論理的に説明し、クライアントが自立的に情報信頼性を管理できるようになるための仕組み作りが求められます。
司書経験が現在の業務に活きる具体的な場面
Aさんの業務において、司書として培ったスキルは多岐にわたって活かされています。
1. 高度な情報源評価能力
司書は常に、多種多様な情報源の権威性、正確性、網羅性、客観性などを評価しています。論文の査読プロセス、出版社の信頼性、ウェブサイトの運営者、SNS投稿の背景などを考慮し、情報の「質」を見抜く力は、ファクトチェック業務の根幹となります。クライアントに対し、どのような情報源を優先すべきか、特定の情報源の偏りをどう判断すべきかといった具体的なアドバイスを行う際に、この経験が直接役立っています。
2. 情報分類・構造化のスキルと技術的応用
大量の情報を効率的に処理するためには、情報の分類と構造化が不可欠です。図書館で書籍や論文を分類し、利用者が探しやすくするための体系を構築した経験は、ファクトチェックの対象となる膨大なテキストデータや画像データを整理し、証拠となる情報を関連付けるためのフレームワーク設計に活かされています。
情報科学の視点では、これは非構造化データからの情報抽出や、分類アルゴリズムの設計思想と関連が深いです。Aさんは自身で直接プログラミングを行うわけではありませんが、情報科学専攻のバックグラウンドを持つ同僚エンジニアと連携する際に、情報の構造や分類に関する共通認識を持ちやすく、効率的なシステム要件の定義やツールの選定に関与できる強みを持っています。例えば、「このタイプの偽情報は、特定のキーワードやパターンで分類できる可能性がある」「証拠となる画像情報は、関連するテキスト情報とメタデータで紐づけて管理すべきだ」といった具体的な提案を、技術的な実現可能性を踏まえて行うことができます。
3. 利用者(クライアント)ニーズの深い理解とコミュニケーション能力
司書は、利用者が質問の背景に持つ真のニーズを汲み取り、専門用語を避けながら分かりやすく情報を提供するスキルに長けています。Aさんは、クライアントが「情報信頼性」に関して具体的にどのような課題を抱えているのか(例: 社内SNSでの誤情報拡散、顧客からの問い合わせ増加、ブランドイメージへの影響など)を丁寧にヒアリングし、その本質を見抜きます。そして、技術的なソリューションが必要な場合でも、非技術者であるクライアントに対し、その仕組みや効果を平易な言葉で説明し、理解と納得を得るためのコミュニケーション能力を発揮されています。
4. 情報リテラシー教育の実践経験
図書館での情報リテラシー教育の経験は、企業の従業員向け研修プログラムの開発・実施に直結しています。オンライン情報の見分け方、バイアスのかかりやすい情報源、デジタルツールを活用した情報検証方法などを、受講者のレベルに合わせて効果的に伝えるためのコンテンツ作成やファシリテーションにおいて、司書時代のノウハウが活かされています。
キャリアチェンジで直面した課題と学び
異業種への転職にあたり、Aさんが直面したのは、ビジネス環境特有のスピード感や成果へのコミットメントでした。図書館は公共性の高い機関であり、長期的な視点でのサービス提供が重視されますが、コンサルティングファームでは短期的なプロジェクトで明確な成果を出すことが求められます。このギャップを埋めるため、プロジェクトマネジメントの手法を学び、効率的な時間管理やタスク遂行を意識されたそうです。
また、ファクトチェックには様々な技術ツール(例: 画像検証ツール、メタデータ分析ツール、SNS分析ツールなど)が活用されるため、情報科学やデータ活用の分野に関する継続的なキャッチアップが必要でした。独学や社内研修、そしてチーム内のエンジニアとの積極的なコミュニケーションを通じて、これらのツールの仕組みや可能性を理解し、自身の情報専門知識と組み合わせて提案に活かせるように努めています。
現在の仕事の魅力・やりがいと今後の展望
Aさんは現在の仕事について、「社会的な課題である偽情報問題の解決に、自身の専門性を活かして貢献できることに大きなやりがいを感じています」と語られています。司書として培った情報に関する深い知見と、ビジネスの現場で身につけたコンサルティングスキル、そして情報技術への理解を組み合わせることで、情報過多時代の新たな専門家として独自の価値を発揮できている実感があるそうです。
今後は、AIや機械学習技術の進化に伴い、偽情報の生成・拡散手法がより巧妙化することが予測されます。これに対応するため、最先端の情報技術を理解し、人間の情報評価能力と技術をいかに組み合わせるか、という点にさらに深く関わっていきたいと考えていらっしゃいます。情報の「信頼性」という、図書館でも重視されてきた価値を、テクノロジーの力も借りて社会全体に広げていくことが目標です。
読者へのメッセージ
Aさんは、キャリアに悩む方々、特に情報科学などの専門分野を学んでいて、自身の知識を社会にどう活かせるか模索している方々へ、次のようなメッセージを寄せてくださいました。
「司書経験や情報科学の知識は、あなたが思っている以上に多様な分野で必要とされています。特に、デジタル化が進み、情報の量だけでなく『質』や『信頼性』が問われる現代において、情報を整理・評価し、それを必要とする人に届けるスキルは非常に貴重です。
自身のスキルセットを『分類』『情報源評価』『利用者理解』『教育』『プロジェクト管理』といった具体的な要素に分解してみてください。そして、それらの要素が、情報技術、データ分析、コンテンツ管理、あるいは私のようなファクトチェックといった分野で、どのように活かせるかを具体的にイメージしてみてください。情報科学の知識は、司書スキルを応用するための強力なツールとなります。ぜひ、自身の可能性を限定せず、異分野との掛け合わせから生まれる新しいキャリアパスを探求してみてください。」
まとめ
元司書であるAさんの事例は、図書館で培われた情報専門性が、情報技術やデータ活用が進む現代社会において、情報信頼性の担保という重要な分野でいかに価値を発揮できるかを示しています。情報源評価、情報分類、利用者理解といった司書ならではのスキルが、情報科学の知識と組み合わせることで、ファクトチェックや情報信頼性評価といったコンサルティング業務で新たなキャリアを築く力となることを具体的に示唆しています。自身の持つスキルと知識を多角的に捉え、社会の課題と結びつける視点が、異業種へのキャリアチェンジを成功させる鍵となるでしょう。