異業種へ飛び出す司書たち

情報の信頼性を見抜く力:元司書がリサーチ・ファクトチェック分野で活躍する道

Tags: 情報リテラシー, ファクトチェック, リサーチ, 情報分析, 司書スキル活用, 信頼性評価, キャリアチェンジ

図書館で培った「情報の信頼性」を見抜く力

インターネットやSNSの普及により、私たちはかつてないほど大量の情報にアクセスできるようになりました。しかし、その中には不正確な情報や意図的な誤情報(フェイクニュース)も多く含まれており、情報の真偽を見極めるスキルは現代社会において非常に重要となっています。

図書館司書は、利用者の情報ニーズに対し、信頼できる情報源から正確な情報を選択し提供する専門家です。この「情報の信頼性を見抜く力」こそが、図書館を離れて異業種、特にリサーチやファクトチェックといった分野で活躍する元司書の大きな強みとなります。

ここでは、元司書がどのようにして情報の信頼性に関わる分野へキャリアチェンジを果たし、その経験やスキルを活かしているのか、具体的なストーリーを通じてご紹介します。

リサーチ会社での新たな挑戦

今回ご紹介するのは、大学図書館で約5年間勤務した後、ビジネス系リサーチ会社に転職したAさんの事例です。

大学図書館では、学生や教員の研究活動を情報面から支援するため、様々なデータベースや資料を用いたレファレンス業務、情報検索ガイダンス、文献リスト作成などに携わっていました。特に、情報の探し方だけでなく、見つけた情報が信頼できるかどうかの判断基準(情報源の権威、最新性、公平性など)を伝える情報リテラシー教育に力を入れていたと言います。

転職のきっかけは、日々膨大に流通する情報の質に対する社会的な課題意識が高まっていることを実感したことでした。図書館で培った情報評価のスキルが、より広範な社会課題の解決に貢献できるのではないかと考え、ビジネス分野での情報分析や調査に携わるリサーチ会社への転職を決意しました。

司書経験が活きる情報分析の現場

現在、Aさんはリサーチ会社で企業の市場動向調査や競合分析、特定の技術動向に関するレポート作成などを担当しています。主な業務内容は、公開情報(ウェブサイト、ニュースリリース、業界レポート、学術論文、統計データなど)や有料データベース、専門家へのヒアリングなど、多角的な情報源から必要な情報を収集し、分析、そして報告書としてまとめることです。

この業務において、司書時代の経験が非常に役立っているとAさんは語ります。

1. 情報源の信頼性評価

リサーチ業務では、様々な情報源にアクセスしますが、その全てが均質で信頼できるわけではありません。ウェブサイトの情報一つとっても、その運営者、公開目的、情報の更新頻度などを確認し、情報の「一次情報源」はどこか、「二次情報源」であれば元の情報は信頼できるかなどを見極める必要があります。図書館で利用者向けに情報源の評価基準を教えていた経験が、ビジネスの現場でそのまま活かされています。特に、匿名の情報や出所が不明確な情報に安易に飛びつかず、必ず複数の信頼できる情報源で裏付けを取るという基本的なスタンスは、司書時代に徹底して身についたものです。

2. 効率的かつ網羅的な情報収集

リサーチのテーマは多岐にわたり、限られた時間の中で効率的に、かつ必要な情報を漏れなく収集するスキルが求められます。図書館で身につけた、キーワードの選定、適切なデータベースや検索エンジンの選択、検索式の組み立て、検索結果の絞り込みといった情報検索スキルが、リサーチ業務の基盤となっています。特定のテーマに関する専門用語や関連キーワードを迅速に特定し、多様な情報源を縦断的に検索する能力は、司書業務で日々磨かれていたものです。

3. 情報の分析と構造化

収集した情報はそのまま使えるわけではなく、分析が必要です。複数の情報源から得られた断片的な情報を整理し、テーマに沿って関連付け、全体像を把握する作業が不可欠です。図書館で大量の資料を分類・整理し、利用者にとって分かりやすい形で提供する経験は、情報の構造化や分析レポートの構成において非常に有効です。どの情報が重要で、どれが補足情報なのか、あるいは矛盾する情報がある場合はその原因は何かなどを論理的に考え、情報を整理する能力は、司書が持つ本質的なスキルの一つと言えます。

4. 利用者(顧客)ニーズの理解

図書館のレファレンス業務では、利用者が「なぜその情報を求めているのか」「その情報を何に使うのか」といった背景にある真のニーズを理解することが重要です。リサーチ業務においても、顧客がなぜそのリサーチを依頼しているのか、その結果をどのように活用するのかといったニーズを深く理解することで、より的確で価値のある情報を提供することができます。表面的な質問だけでなく、その奥にある意図を汲み取る傾聴力やコミュニケーション能力は、司書時代に培われたものです。

情報科学との関連性

情報科学を学ぶ読者にとって関心が高い点として、司書スキルが現代の情報技術環境でどのように活かせるかがあります。リサーチ業務では、様々なデジタルツールやデータ分析ツールを活用します。司書の情報分類・構造化のスキルは、大量のテキストデータや構造化されていない情報を整理し、分析可能な形にする「前処理」の段階で役立ちます。また、情報の信頼性評価の視点は、近年問題となっているAIが生成する情報の信頼性や、データセットに含まれるバイアスを理解し、批判的に評価する上でも重要な示唆を与えます。情報科学の知識と、司書が持つ情報評価の視点を組み合わせることで、より高度な情報分析や信頼性の高いシステムの構築に貢献できる可能性があります。

キャリアチェンジで直面した課題と学び

異業種への転職にあたり、Aさんが直面した課題としては、ビジネス固有の用語や慣習への適応、そしてスピード感の違いがありました。図書館と比較して、より迅速な情報収集・分析とアウトプットが求められます。また、リサーチ結果が顧客のビジネス判断に直接影響を与えるため、情報の正確性に対する責任の重さを改めて感じたと言います。

これらの課題に対して、AさんはOJTや自主学習で必要なビジネス知識を習得し、先輩社員からフィードバックを積極的に求めることで業務のスピードと質を向上させていきました。また、司書時代に培った「粘り強く情報を探し出す」姿勢や「分からないことを放置しない」姿勢が、新しい分野の学習においても役立ったと感じています。

現在の仕事の魅力と今後の展望

Aさんは、現在の仕事の最大の魅力は、自身の情報分析や評価のスキルが社会の様々な課題解決に直接貢献できている実感があることだと語ります。企業の重要な意思決定をサポートしたり、メディアが正確な情報を発信する手助けをしたりすることに大きなやりがいを感じています。常に新しい情報やトレンドに触れることができる点も魅力的です。

今後は、特定の専門分野(例:ヘルスケア、テクノロジーなど)におけるリサーチスキルを深めると同時に、情報の可視化や高度なデータ分析手法についても学び、より付加価値の高い情報提供を目指していきたいと考えています。また、フェイクニュース対策やメディアリテラシー教育といった分野にも関心があり、将来的には司書経験で培った情報評価スキルを社会的な啓発活動に活かしていきたいという展望を持っています。

司書経験が拓く多様なキャリアパス

Aさんの事例は、図書館司書として培われる情報収集、整理、分析、評価といった高度な情報専門スキルが、リサーチやファクトチェックといった分野でいかに価値を持つかを示しています。特に情報の信頼性がかつてなく重要視される現代において、司書が持つ情報評価の視点は、ビジネス分野だけでなく、メディア、公共機関、教育機関など、多岐にわたる場で求められています。

キャリアに悩んでいる方、自身の専門性を他の分野で活かしたいと考えている元司書や情報科学を学ぶ学生の方にとって、Aさんのストーリーが、司書経験の多様な可能性、特に情報技術やデータ活用と関連する領域でのキャリアを考える上での具体的な示唆となれば幸いです。司書として培った力は、あなたが想像する以上に多くの場所で必要とされているのです。