データを「公共財」へ:元司書がオープンデータ整備で活かす情報分類・メタデータスキル
公共データの活用を推進する新たなフィールドへ
図書館で培われる情報管理や利用者支援のスキルは、多様な分野でその価値を発揮します。特に近年注目されている「オープンデータ」の分野では、元司書が重要な役割を担い、公共データの適切な整備と活用推進に貢献するケースが見られます。ここでは、公共機関でオープンデータ担当として活躍する元司書のキャリアストーリーを紹介します。
図書館での経験とオープンデータへの関心
今回お話を伺ったAさんは、数年間、公共図書館で勤務されていました。図書館では、資料の収集・整理・分類、目録作成、利用者への情報提供やレファレンス業務、情報リテラシー教育などに携わっていました。特に、膨大な情報の中から利用者の求める情報を見つけ出し、分かりやすく提供すること、そして情報の信頼性や使い方を伝えることにやりがいを感じていたといいます。
図書館業務を通じて、公共機関が持つ情報の重要性と、それが必ずしも市民に十分活用されていない現状に気づき、公共データの「オープン化」に強い関心を持つようになりました。データを単に公開するだけでなく、「市民や企業が本当に求めているデータは何か」「どのように公開すれば最も利用されやすいか」といった課題意識が、図書館での利用者対応の経験と結びついたと言います。
オープンデータ担当者としての現在の仕事
Aさんは現在、ある自治体の情報政策部門で、オープンデータの整備と推進を担当しています。主な業務は、庁内の様々な部署が保有するデータを洗い出し、オープンデータとして公開するための準備を進めることです。具体的には、以下のような作業を行っています。
- データソースの特定と収集: 各部署が管理するデータ(統計情報、施設情報、イベント情報など)を把握し、提供を受けます。
- データのクリーニングと構造化: 公開に適した形式(CSV, JSONなど)に整形し、必要な項目を特定、不必要な情報を削除します。
- メタデータ作成: データの内容、更新頻度、出典、利用条件などを記述した「メタデータ」を作成します。これは、利用者がデータを見つけやすく、内容を理解しやすくするために非常に重要です。
- データ公開と維持管理: オープンデータポータルサイトにデータを登録・公開し、定期的な更新やエラー対応を行います。
- 活用事例の創出・支援: 公開されたデータを使ったアプリケーション開発や分析を促すため、ハッカソンを企画したり、潜在的な活用ニーズを調査したりします。
- 情報リテラシー向上支援: 市民や職員向けに、オープンデータの探し方、使い方に関するセミナーやワークショップを開催します。
司書経験が現在の業務で活かされている点
Aさんの仕事は、まさに図書館で培ったスキルや考え方が直結する場面が多いと言います。
最も核となっているのは、情報組織化・分類・メタデータ作成スキルです。図書館で図書や資料を分類し、利用者がアクセスしやすいように目録や書誌情報を作成してきた経験は、自治体の持つ多様で非定型なデータを体系的に整理し、利用者が求める情報を迅速に見つけられるようメタデータを整備する作業にそのまま応用されています。特に、どのような項目があればデータの内容が正確に伝わるか、検索性が向上するかといった点は、司書時代の目録規則や主題分析の知識が役立っているそうです。
また、利用者ニーズの理解と情報提供スキルも非常に重要です。図書館のレファレンス業務では、利用者が漠然とした情報ニーズを持っている場合でも、対話を通じて真のニーズを引き出し、適切な情報源を提示することが求められます。オープンデータにおいても、「市民がどのような行政情報に興味があり、それをどう活用したいと考えているか」を想像し、それに合わせたデータ公開の優先順位付けや、分かりやすいデータの提示方法を検討する際に、この経験が活かされています。市民や開発者からの問い合わせに対応する能力も、レファレンススキルに裏打ちされています。
情報リテラシー教育の経験も、データ活用促進のワークショップやセミナーで活かされています。データの読み方、データの信頼性評価、プライバシーへの配慮といった点を伝えることは、単にデータを公開するだけでなく、その健全な活用を促す上で欠かせません。
さらに、情報の正確性を見抜く力や著作権・情報倫理に関する知識も、公開するデータの品質管理や、公開に伴う法的・倫理的な課題(個人情報、機密情報、著作権物の取り扱いなど)を検討する上で不可欠です。
キャリアチェンジで直面した課題と学び
司書からオープンデータ担当へのキャリアチェンジは、新たな分野への適応が求められました。特に、行政組織の意思決定プロセスや、部署間の調整といった点は、図書館とは異なる文化への順応が必要でした。
技術的な面では、データの形式(CSV, JSON, XMLなど)や、これらのデータを処理・変換するための基本的なツール、APIに関する知識を新たに学ぶ必要がありました。司書時代にデータベースに触れる機会はありましたが、より技術的な仕様やデータ連携の仕組みについて理解を深める必要があったと言います。独学や自治体内の研修を通じて、これらの知識を習得していきました。
最も大きな学びは、「データはそれ自体で価値を持つのではなく、活用されて初めて意味を持つ公共財である」という認識だったそうです。図書館の資料も「読まれて初めて価値を持つ」という点では共通しますが、オープンデータはさらに、様々な主体による二次利用や組み合わせによって、予測不能な新しい価値を生み出す可能性を秘めています。このダイナミズムを理解し、それを最大限に引き出すための「使いやすいデータ」を提供することに、難しさと同時に大きなやりがいを感じています。
現在の仕事の魅力・やりがい、今後のキャリア展望
Aさんは現在の仕事の最大の魅力として、「自身の情報管理スキルが、社会全体の課題解決やイノベーションに直接貢献できること」を挙げます。自身が整備・公開したデータが、市民活動や企業の新規事業、学術研究などに活用されている事例を知るたびに、大きな喜びを感じると言います。また、多様な部署や外部の関係者と連携しながら、データ活用のための環境を整えていくプロセスも刺激的だそうです。
今後の展望としては、より高度なデータ分析の支援や、データガバナンス体制の構築に関与していきたいと考えています。単にデータを公開するだけでなく、そこから新たな知見を引き出し、政策立案に繋げるためのサポートや、データの質・信頼性を保証する仕組みづくりに、司書の情報専門家としての知見をさらに活かせる可能性があると感じています。
キャリアを考える読者へのメッセージ
Aさんは、キャリアに悩む読者、特に情報科学などの分野を学ぶ学生や、異業種での活躍を目指す司書経験者に向けて、次のようなメッセージをくださいました。
「司書として培った『情報を収集し、整理し、分類し、利用者のニーズに合わせて提供する』という一連のスキルは、形を変えて様々な分野で求められています。特に、データが溢れる現代において、信頼できる情報を適切に扱い、それを必要とする人々に届ける能力は、技術的なスキルと同様に、あるいはそれ以上に価値を持ちます。情報科学の知識をお持ちであれば、司書の持つ情報管理の考え方と組み合わせることで、非常にユニークで社会的に価値のある人材になることができるでしょう。オープンデータ分野はその一例に過ぎませんが、皆さんの持つ専門性が、思わぬ形で社会に貢献する可能性はたくさんあります。図書館の外にも、皆さんのスキルが活かせるフィールドが必ず見つかるはずです。ぜひ、広い視野で自身の可能性を探求してみてください。」
まとめ
元司書がオープンデータ分野で活躍する事例は、司書経験が情報技術やデータ活用の領域と深く結びついていることを示しています。情報組織化、メタデータ作成、利用者ニーズ理解、情報倫理といった司書スキルは、公共データの利活用を推進し、社会に新たな価値をもたらす上で不可欠な能力です。自身の情報科学の知識と司書的な視点を組み合わせることで、公共分野に限らず、企業のデータ管理やコンテンツ戦略など、多様なキャリアパスが開ける可能性が示唆されます。