異業種へ飛び出す司書たち

システム開発の現場で活かす情報整理:元司書が担う要件定義と情報設計

Tags: システム開発, 情報設計, 情報アーキテクチャ, 要件定義, キャリアチェンジ, 元司書

図書館で培った力が、情報システムの根幹を築く

図書館司書としてのキャリアから、情報技術の分野、特にシステム開発の世界へ転身し、要件定義や情報設計の担当として活躍されている方がいます。図書館で培ったスキルが、一見畑違いに見えるシステム開発の現場で、どのように活かされているのかをご紹介します。

図書館司書は、膨大な情報資源を収集し、分類・整理し、利用者が求める情報へスムーズにたどり着けるよう支援する専門家です。この「情報」と「利用者」に対する深い理解、そしてそれらを繋ぐための構造化のスキルは、実は情報システム開発において非常に重要な役割を果たします。

なぜシステム開発の道へ?

異業種への転職を決めた元司書は、図書館業務を通じて、情報のデジタル化や情報システムの重要性を強く感じていました。特に、利用者がどのように情報を探し、どのように活用したいのか、そのニーズを図書館システムという形で実現することに関心を持つようになったそうです。

図書館システムだけでなく、世の中の様々な情報システムが、人々の生活やビジネスを支えていることを知り、自らも情報の構造化やユーザー体験設計に関わることで、より大きな影響を与えたいという思いから、システム開発の世界へと飛び込むことを決意しました。

現在の仕事:要件定義と情報設計

現在、この元司書の方はIT企業で、新しい情報システムの開発プロジェクトに参画しています。担当は主にプロジェクトの初期段階である要件定義と情報設計です。

要件定義では、システムを使って何を実現したいのか、どのような機能が必要なのかを、システムの「利用者」や「顧客」から詳細に聞き取り、整理します。その上で、システムの目的、必要な機能、満たすべき条件などを明確なドキュメントとしてまとめ上げます。

情報設計では、システム内で情報がどのように整理され、構造化され、利用者に提示されるべきかをデザインします。具体的には、画面構成、ナビゲーション、情報の分類方法、検索機能の仕様などを決定し、システムの使いやすさ、分かりやすさの基盤を築きます。

司書経験が具体的にどう活かされているか

システム開発の要件定義や情報設計の現場で、図書館司書としての経験が多岐にわたって活かされていると、ご本人は語ります。

1. 利用者ニーズの深い理解と引き出し力

図書館司書は、レファレンスサービスを通じて、利用者が言語化できない曖昧な要望から、本当に必要としている情報(あるいは情報そのものではなく、それを活用して解決したい課題)を的確に把握するスキルを磨いています。このスキルは、システム開発における「ユーザーヒアリング」や「要求分析」において非常に有効です。システムの利用者が「こうだったらいいのに」と漠然と考えていることを具体化し、システムの要件として落とし込む際に、司書時代のコミュニケーション能力や質問力が役立っています。

2. 情報の構造化と分類の専門性

図書館司書は、杜撰な情報群に分類記号を与え、件名標目を付与し、目録データを作成することで、利用者が求める情報に効率的にアクセスできる構造を構築します。この「情報を体系的に整理し、意味のあるまとまりに分類する」という能力は、システム開発における「データモデリング」や「情報アーキテクチャ設計」の根幹に通じます。システムが扱う様々な情報(ユーザー情報、商品情報、履歴データなど)の関係性を定義し、データベースの構造や画面上の情報配置を設計する際に、図書館で培った分類思考、論理的な構造設計の経験が直接的な強みとなります。

3. ドキュメンテーションと論理的な情報伝達

要件定義書や情報設計書は、開発チーム全体が同じ理解を持ってシステムを開発するための重要なドキュメントです。図書館司書は、蔵書目録、各種マニュアル、レファレンス回答など、正確な情報を分かりやすく伝えるためのドキュメント作成に慣れています。論理的に情報を整理し、曖昧さのない明確な言葉で記述する能力は、複雑なシステムの仕様を関係者に正確に伝える上で不可欠です。

4. 関係者間の調整とファシリテーション

システム開発プロジェクトには、開発者、デザイナー、ビジネス担当者、そして実際の利用者など、多様なバックグラウンドを持つ人々が関わります。それぞれの立場や専門性から異なる意見や要望が出される中で、共通理解を形成し、プロジェクトを前に進めるための調整能力が求められます。図書館内での部署間連携や、利用者・外部機関とのコミュニケーションを通じて培った調整力や傾聴力は、円滑なプロジェクト進行を支える上で大いに役立ちます。

キャリアチェンジで直面した課題と学び

異業種へのキャリアチェンジには、当然ながら多くの課題がありました。システム開発固有の専門用語や開発プロセス(アジャイル開発など)へのキャッチアップは大きな壁でした。また、司書時代は「情報そのもの」と向き合うことが多かったのに対し、システム開発では「情報を扱うための道具(システム)」をゼロから作り出すという、視点の転換が必要でした。

これらの課題を乗り越えるために、自主的な学習(プログラミング基礎やデータベースの知識など)や、積極的に開発チームメンバーに質問することを通じて、新しい知識や技術を吸収していきました。特に、大学院で情報科学を専攻していた際の基礎知識が、開発者とのコミュニケーションを円滑にし、技術的な制約を理解した上でより実現可能な情報設計を行う上で役立ったと感じているそうです。

現在の仕事の魅力と今後の展望

現在の仕事の魅力は、自身の設計やアイデアが、実際に動く「システム」として形になり、多くの人々に利用されることだと語ります。図書館で一人ひとりの利用者と向き合った経験もやりがいがありましたが、システム開発では、より広い範囲のユーザーに影響を与えられることに大きな達成感を感じています。

また、司書として培った「情報」と「人」に関する専門性と、異業種で習得したシステム開発の知識・スキルを組み合わせることで、自分自身の専門性をさらに深められる可能性を感じています。今後は、より上流のサービスデザインや、情報アーキテクチャを専門とする道も視野に入れているとのことです。

これからキャリアを考える方へのメッセージ

司書経験は、情報の専門家としての確固たる基盤を与えてくれます。情報収集、整理、分類、利用者支援、そして情報倫理に関する知識など、図書館で培われるスキルは、分野を問わず応用できる普遍的な力です。

もしあなたが、自身の司書経験や、情報科学分野で学んだ知識を他の分野でどう活かせるか悩んでいるのであれば、情報技術の分野は非常に有望な選択肢の一つとなるでしょう。情報の価値が高まっている現代において、情報を整理し、構造化し、人が扱いやすい形にするスキルは、システム開発だけでなく、データ分析、コンテンツマネジメント、ユーザーエクスペリエンス設計など、多岐にわたる分野で求められています。

自身の持つ核となるスキルを見つめ直し、新しい知識や技術を学ぶことを恐れなければ、司書経験を土台として、情報技術分野で全く新しいキャリアを築くことが十分に可能です。あなたの情報に関する専門性が、きっと新しい世界を切り拓く力になるはずです。

まとめ

元司書がシステム開発の要件定義・情報設計担当として活躍する事例は、図書館で培われる情報に関する専門性、特に情報の整理・分類能力や利用者ニーズ理解の深さが、情報技術分野においても非常に価値が高いことを示しています。システム開発の初期段階である要件定義や情報設計において、これらのスキルはシステムの使いやすさや信頼性を左右する基盤となります。キャリアチェンジは学びと適応の連続ですが、自身の強みを理解し、新しい分野の知識と組み合わせることで、司書経験を活かせる多様なキャリアパスが存在することを知っていただければ幸いです。