図書館で培った調整力と推進力:元司書がITプロジェクトのPMOとして活躍する道
図書館での経験をITプロジェクトの推進力に
図書館司書は、日々多岐にわたる業務に携わっています。利用者対応、資料の整理・分類といったコア業務に加え、システム導入、館内イベントの企画・実施、施設の改修計画など、様々な「プロジェクト」に関わる機会も少なくありません。これらの経験を通じて培われるスキルの中には、異業種、特にスピード感のあるIT業界で求められる能力と深く繋がるものがあります。
ここでは、図書館でのプロジェクト経験を活かし、IT企業のプロジェクトマネジメントオフィス(PMO)として活躍する元司書のキャリアストーリーをご紹介します。図書館司書としての経験が、どのように現在の仕事に繋がり、活かされているのかを見ていきましょう。
元司書のキャリア:図書館からIT企業のPMOへ
今回お話を伺ったAさんは、大学で情報科学を専攻後、司書資格を取得し、数年間公共図書館で司書として勤務されていました。利用者への情報提供やレファレンスサービスに加え、図書館システムの移行プロジェクトや、地域住民を巻き込んだ大規模イベントの企画・運営チームに参加した経験もお持ちです。
図書館システム移行プロジェクトでは、ベンダーとの調整、職員間の意見集約、スケジュール管理、利用者への周知計画など、多岐にわたる業務の橋渡し役を担いました。この経験を通じて、単に情報を扱うだけでなく、複数の関係者をまとめ、一つの目標に向かって物事を進めていく「プロジェクト推進」の仕事に強い関心を持つようになったそうです。
より複雑で大規模なプロジェクトに関わりたい、自身の調整力や推進力を専門職として追求したいという思いから、異業種への転職を決意。現在は、SaaS(Software as a Service)を提供するIT企業で、複数のシステム開発プロジェクトを横断的に支援するPMOとして活躍されています。
司書経験がITプロジェクトのPMOで活きる点
PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)とは、組織内のプロジェクトマネジメントの標準化や改善、個別のプロジェクト支援を行う部門や機能のことです。プロジェクトマネージャーが個々のプロジェクトの責任者であるのに対し、PMOは組織全体のプロジェクト成功率向上をミッションとして、後方支援や横断的な管理を行います。
Aさんの現在の主な業務は、担当プロジェクトの進捗管理、課題の特定と解決支援、会議体の設定と議事録作成、関係部署間の連携調整、報告資料の作成など多岐にわたります。これらの業務において、司書時代の経験が想像以上に役立っているとAさんは語ります。
具体的には、以下のようなスキルが現在の仕事で活かされています。
-
多様なステークホルダーとのコミュニケーションと調整力: 図書館司書は、利用者、同僚職員、上司、自治体担当者、外部業者、地域団体など、立場や専門性が全く異なる多様な人々との間で円滑なコミュニケーションを図り、時には意見対立の間に立って調整を行う必要があります。 ITプロジェクトのPMOも同様に、エンジニア、プロダクトマネージャー、デザイナー、営業担当、法務、顧客といった様々な専門性を持つ人々との間に立ち、それぞれの立場や考え方を理解し、プロジェクト全体の成功に向けて協力を引き出す役割を担います。司書時代に培った、相手の立場を理解し、合意形成を目指すコミュニケーションスキルは、PMOにとって不可欠な基盤となります。
-
情報の収集、整理、共有、管理能力: 図書館の仕事は、膨大な情報を収集し、分類し、整理し、利用者に分かりやすい形で提供することです。また、様々な書類、記録、データなどを正確に管理する能力も求められます。 PMOの仕事においても、プロジェクトに関する様々な情報(進捗状況、課題、決定事項、リスクなど)を正確に収集し、構造的に整理し、必要とする関係者にタイムリーかつ適切な形式で共有することが極めて重要です。議事録の作成一つをとっても、要点を押さえ、決定事項やTodoを明確に記録し、関係者間で認識のずれがないように共有するスキルは、司書時代に培った情報管理・伝達能力が直接活かせる部分です。また、プロジェクトで扱う技術的な情報や専門用語を、関係者全員が理解できるように整理して伝えることもPMOの重要な役割であり、司書の情報アクセシビリティへの配慮が役立ちます。
-
プロジェクトの計画性、遂行力、課題特定: 図書館システムの入替や大規模イベントなどは、明確な期日があり、限られたリソース(人員、予算、時間)の中で多くのタスクを計画的に進める必要があります。予期せぬトラブルが発生した場合も、冷静に状況を把握し、代替案を検討し、関係者と連携して解決にあたります。 ITプロジェクトも計画通りに進まないことが多々あります。PMOは、プロジェクトの進捗状況を常にモニタリングし、遅延の兆候や潜在的な課題を早期に発見する役割を担います。司書時代に培った、全体像を把握し、ボトルネックを見つけ出し、解決に向けて行動する経験は、プロジェクトの健全性を維持する上で非常に有効です。
-
ドキュメンテーション能力: 利用案内、マニュアル、報告書、企画書など、司書は正確で分かりやすい文章を作成する機会が多くあります。 PMOも、プロジェクト計画書、課題管理表、議事録、報告資料など、様々なドキュメントを作成・管理します。複雑な情報を分かりやすく構造化し、正確に記述する能力は、プロジェクトに関わる全員の理解を助け、効率的な情報共有を可能にします。
Aさんは、特に「人間関係の調整」と「情報の適切な流れを作る」という点が、技術的な知識と同じくらい、あるいはそれ以上にプロジェクトの成功には不可欠であり、司書経験がここで大いに役立っていると強調しています。情報科学の素養があることで、プロジェクトメンバーの技術的な議論内容をより深く理解し、適切な質問を投げかけたり、技術的な課題がスケジュールや人員に与える影響をより正確に把握できたりするという強みも感じているそうです。
キャリアチェンジで直面した課題と学び
異業種への転職にあたっては、IT業界特有の文化や専門用語、開発プロセス(アジャイル開発など)への適応に苦労した時期もあったそうです。当初は、技術的な議論についていけないと感じることもあったといいます。
しかし、司書時代に情報収集・学習スキルを培っていたため、関連書籍やオンライン記事、社内資料などを活用して積極的に知識を習得。また、分からないことは素直に質問し、エンジニアなど専門知識を持つ同僚から学ぶ姿勢を大切にしました。
この経験から、Aさんは「常に学び続けることの重要性」を改めて実感したそうです。そして、自身の持つ司書経験が「特殊なものではなく、普遍的なビジネススキルとして通用する」という自信に繋がったと語ります。
現在の仕事の魅力と今後の展望
現在のPMOとしての仕事について、Aさんは「様々な技術や専門性を持つ人々と関わりながら、一つのものを作り上げていくプロセスに関われることに大きなやりがいを感じています。特に、自分の調整や働きかけによってプロジェクトが円滑に進んだり、課題が解決したりした時は、大きな達成感があります」と話しています。
今後のキャリアについては、より大規模なプログラム(複数の関連プロジェクトの集合体)の管理に関わったり、プロジェクトマネジメント手法の改善や標準化といった組織的な取り組みに深く関わっていきたいと考えているそうです。
キャリアに悩む読者へのメッセージ
Aさんから、キャリアに悩む方々へのメッセージです。
「司書業務は、多岐にわたるスキルが求められる、非常に専門性の高い仕事です。情報収集・整理、分類、利用者ニーズの把握、コミュニケーション、プロジェクトの進行管理、契約・著作権知識など、挙げればきりがありません。これらのスキルは、図書館という枠を超えて、様々な異業種、特に情報を扱い、人と人が連携して仕事を進める分野で必ず活かせます。」
「もし、司書としてのキャリアに行き詰まりを感じていたり、自身の持つスキルを他の分野でどう活かせるか悩んでいたりするなら、まずは自身の業務経験を分解し、どんなスキルが身についているのかを具体的に棚卸ししてみてください。そして、それらのスキルが求められている異業種の職種について調べてみましょう。情報科学を学んでいる方であれば、司書経験で培った情報管理や利用者理解の視点と、技術的な知識を組み合わせることで、他にはないユニークな強みとなり得ます。例えば、技術的な視点も持ちながら、プロジェクトに関わる人々のコミュニケーションを円滑にする橋渡し役や、ユーザーにとって真に価値のある情報システムを構築するための情報設計・管理支援など、活躍できるフィールドはきっと見つかるはずです。」
「キャリアチェンジは勇気が必要ですが、図書館で培ったあなたの能力は、あなたが思っている以上に可能性を秘めています。ぜひ、自信を持って新しい一歩を踏み出してみてください。」
まとめ
元司書がITプロジェクトのPMOとして活躍する事例を通じて、図書館業務で培われる調整力、推進力、情報管理能力が、異業種のプロジェクト推進においていかに価値あるスキルとなるかを見てきました。特に、情報科学の素養を持つ方にとっては、技術的な理解と司書経験による人間的・情報的な視点を組み合わせることで、プロジェクトの成功に大きく貢献できる可能性が示されました。
自身のスキルを多角的に評価し、様々な業界の仕事内容に目を向けることが、新たなキャリアパスを見つける第一歩となります。この記事が、キャリアに悩む方々にとって、自身の可能性を再発見する一助となれば幸いです。