法務×ITで光る情報管理力:元司書がeDiscovery分野で拓く新しいキャリア
膨大な情報の中から真実を見つけ出す:元司書が挑むeDiscoveryの世界
図書館で情報のエキスパートとして活躍されていた方が、全く異なる分野である電子証拠開示(eDiscovery)の世界に飛び込み、その専門性を活かしてキャリアを築かれている事例を紹介します。eDiscoveryとは、訴訟や調査などの法的な手続きにおいて必要となる、電子化された情報(メール、文書ファイル、SNS履歴など)の収集、特定、処理、分析、レビュー、提出を行う一連のプロセスのことです。この分野では、情報技術と法務の知識が融合しますが、実は司書が持つ情報管理や検索に関するスキルが非常に重要な役割を果たしています。
今回お話を伺ったAさんも、以前は公共図書館で司書として勤務されていました。利用者からの多様な質問に対し、限られた時間の中で必要な情報を探し出し、分かりやすく提供することにやりがいを感じていたそうです。しかし、図書館の将来や自身のキャリアについて考える中で、これまでの情報専門家としての経験を、よりダイナミックに、かつ社会の別の側面で活かしてみたいという思いが募っていきました。
そんな中、知人の紹介でeDiscoveryという分野の存在を知ります。法律事務所や企業から提供される膨大な電子データの中から、法的に関連性の高い情報を選び出す作業は、まるで巨大な図書館やアーカイブの中から特定の資料を探し出す高度なレファレンスサービスのように感じられたと言います。自身の情報収集、整理、検索のスキルが役立つのではないかと考え、この分野への転職を決意されました。
eDiscoveryの現場で活かされる司書の専門性
現在、Aさんは専門のeDiscoveryサービスを提供する企業で、データアナリスト兼プロジェクトコーディネーターとして勤務されています。主な業務は、クライアントから提供された電子データの初期処理(前処理)、検索条件の設計、関連文書の特定、レビュー担当者への指示、そして発見された情報の管理と報告です。
この業務の中で、司書時代の経験が驚くほど多岐にわたって活かされているそうです。
情報の組織化と検索戦略
eDiscoveryでは、テラバイト規模にも及ぶ非構造化データ(メール本文、チャットログ、様々な形式の文書ファイルなど)を扱います。この中から証拠となる情報を見つけ出すためには、高度な情報組織化スキルと効果的な検索戦略が不可欠です。
Aさんは、司書時代に培った分類体系構築や件名・キーワード付与の知識を応用し、データの種類や想定される関連性に基づいた論理的な分類方法を設計しています。また、法務チームが求める情報を正確に把握し、複数のキーワード、ブール演算子(AND, OR, NOT)、近接演算子などを組み合わせた複雑な検索式を作成する能力は、図書館でのレファレンス業務で磨かれた情報検索スキルそのものです。さらに、検索結果を評価し、必要に応じて検索式を改善していく iterative なプロセスも、レファレンスインタビューとその後の情報探索に通じるものがあると言います。
メタデータの理解と活用
電子ファイルには、作成日時、送信者、受信者、添付ファイル情報など、様々なメタデータが含まれています。これらのメタデータは、情報の信憑性や流れを追跡する上で非常に重要です。司書は図書館資料の書誌情報やメタデータ規格(MARCなど)に精通していますが、この知識が電子ファイルのメタデータの構造や意味を理解する上で役立っています。Aさんは、メタデータを使って特定の条件(例えば、特定の期間に特定の人物間でやり取りされたメール)でデータを絞り込む作業を効率的に行っています。
データ管理と品質保証
eDiscoveryプロセスでは、データの改ざんを防ぎ、証拠能力を保持するために、厳格なデータ管理とチェイン・オブ・カストディ(証拠品の保管・管理状況の記録)が求められます。司書が図書館資料の正確な記録、整理、物理的な管理を行うことの重要性を理解しているように、Aさんも電子データの完全性と正確性を保つことの重要性を深く認識しています。データの処理過程でのエラーチェックや品質管理の視点も、司書時代の資料管理や目録作成における正確性へのこだわりが活かされています。
情報倫理とセキュリティ
eDiscoveryで扱う情報は、しばしば機密情報や個人情報を含みます。司書が利用者情報や資料内容に関するプライバシー、著作権、情報倫理に配慮しているのと同様に、eDiscoveryではデータの秘密保持、アクセス権限管理、法的な制限の遵守が絶対条件となります。Aさんは、司書時代に学んだ情報倫理や関連法規の知識を基盤として、情報セキュリティポリシーを遵守し、慎重にデータを取り扱うことを心がけています。
プロジェクトマネジメントとコミュニケーション
eDiscoveryプロジェクトは、短期間に大量のデータを扱い、複数の関係者(弁護士、クライアント、技術者、レビュー担当者など)が関与する複雑なプロセスです。Aさんは、図書館でのシステム導入やイベント企画などで培ったプロジェクト管理の経験を活かし、プロセスの計画、進捗管理、リスク特定、関係者間の調整を効果的に行っています。また、専門用語が多いeDiscoveryの情報を、法務担当者や技術的な知識が少ないレビュー担当者にも分かりやすく伝えるコミュニケーション能力は、図書館での利用者支援や情報リテラシー教育の経験によって磨かれたものです。
キャリアチェンジで直面した課題と学び
eDiscovery分野への転職は、Aさんにとって大きな学びの機会であると同時に、いくつかの課題にも直面しました。最も大きな課題は、法務に関する専門知識と、eDiscoveryツールや関連技術(データベース、ネットワーク、オペレーティングシステムに関する基本的な知識など)の習得でした。
特に法務知識は、情報を探し出す上での「文脈」を理解するために不可欠です。Aさんは、業務を通じてOJTで学ぶ傍ら、自主的に法律関連の書籍を読んだり、eDiscoveryに関する認定資格取得の勉強をしたりして、専門知識を補強しました。
また、技術的な側面では、新しいソフトウェアツールへの適応、データの形式や処理方法に関する知識のアップデートが常に求められます。これについては、図書館でのシステム移行や新しいデータベース導入の際に、新しいツールを積極的に学び、使いこなす経験があったことが活かされたそうです。「新しいシステムやツールを前にしても、『どうすれば使いこなせるか』という視点で、まずは自分で触ってみる、調べてみるという姿勢が身についていたのは、司書経験のおかげかもしれません」とAさんは語ります。
現在の仕事の魅力と今後の展望
Aさんは、現在の仕事の最大の魅力は、「情報が持つ力を法的な文脈で最大限に引き出し、真実の解明や公正な判断に貢献できること」だと感じています。複雑な情報の中から重要な手がかりを見つけ出した時の達成感は大きく、図書館でのレファレンスでは得られなかった種類のやりがいがあるそうです。また、情報技術と法務という異なる分野の最前線で、自身の情報専門家としてのスキルを活かせる環境に刺激を受けています。
今後の展望としては、eDiscoveryの専門家としてさらに知識とスキルを深め、より複雑な案件やAIを活用した新しい分析手法にも関わっていきたいと考えています。また、情報ガバナンスやデータプライバシーといった、司書の倫理観や知識が活かせる関連分野への関心も高まっているそうです。
キャリアに悩む読者へのメッセージ
最後に、Aさんから、自身のキャリアパスに悩んでいる方々、特に情報分野に関心を持つ学生や、司書経験を他の分野で活かしたいと考えている方々へのメッセージをいただきました。
「司書として培う情報に関するスキルは、想像以上に多様な分野で求められています。情報収集・整理・分類、利用者ニーズの理解、情報の評価、メタデータの扱い、情報倫理などは、どのような仕事においても基礎となる力です。特に情報技術が進展する現代においては、情報の『内容』を理解し、それをどのように整理・活用すれば価値が生まれるのかを考えられる人材の重要性が増しています。私自身、法務とITという、司書とは全く異なる分野で働く中で、司書経験で身についた情報専門家としての視点が、どれほどユニークで強力な武器になるかを日々実感しています。」
「もしあなたが情報科学などの分野で学んでいて、将来どのようなキャリアがあるか悩んでいるなら、ぜひ『情報そのもの』と『情報と人・社会との関わり』について深く考える経験をしてみてください。それは司書という仕事を通じて得られますし、司書経験がなくとも、情報管理や分析に関わる様々な活動を通じて培うことができます。そして、あなたが持つ情報に関するスキルや視点が、異業種のどのような課題解決に貢献できるかを具体的に想像してみてください。意外な分野で、あなたの専門性が求められていることに気づくはずです。」
「異業種へのキャリアチェンジは確かに大変なこともありますが、これまで培った専門性を新しい環境で試すことは、自身の可能性を広げ、成長する素晴らしい機会になります。情報専門家としての自信を持って、ぜひ新しい扉を開いてみてください。」
まとめ
元司書であるAさんのeDiscovery分野での活躍事例は、司書が持つ情報管理、検索、分析、倫理、コミュニケーションといったスキルが、情報技術と法務が融合する専門的な領域でも非常に価値が高いことを明確に示しています。情報の「内容」を理解し、整理し、利用者の視点に立って提供するという司書のコアスキルは、データが溢れる現代において、多様なビジネスシーンで求められる普遍的な能力です。この記事が、情報分野でのキャリアパスを模索する読者にとって、自身の可能性を広げるヒントとなれば幸いです。